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効果的な教育的指導には、「愛」「保護者の理解」「生徒の納得」が必要不可欠。

効果的な教育的指導には、「愛」「保護者の理解」「生徒の納得」が必要不可欠。

 

机

福井県池田町の町立池田中学校で今年3月14日、2年生の男子生徒(当時14歳)が校舎から転落して死亡する問題が発生し

「男子生徒は担任と副担任から繰り返し厳しい叱責を受け、精神的に追い詰められて自殺に至った」

とする報告書が公表されました。

 

生徒の自殺が報道されるたび、心が痛みます。

 

さらに、子どもをもつ親となった今、亡くなった生徒のご家族と、ご親族の方々の心中を察すると、痛みを通り越して、大きく切りつけられる気分になります。

「わが子だったら、怒り狂うだろうな」

って。

 

と、同時に、このような「生徒の自殺」報道が出るたびに、教師だったからか

「対応した教師(または学校側)の行動理念」

みたいなものを、考える癖があります。

 

別に、心無いマスメディアのように

「学校が悪い」

「教師の質が落ちた」

「生徒がかわいそう」

とか、そういうことではありません。

 

現場を知っているからこそ、理解できる部分もあるし、推察できる部分もあります。

 

そこで、本日は、教師対生徒における、「指導のありかた」について、持論を展開しようと思います。

 

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その教育的指導に、愛はあるのか?

「そこに、愛はあるのかい?」

 

一世を風靡したトレンディドラマのワンシーンですが、これを読んでいるあなたは、わかりますかね?わかるなら、私と同世代か、ちょっと上でしょうか(笑)

 

教師の指導方法を問題にするとき、往々にして「体罰」の問題もセットで取り上げられることが多いです。

 

本来、暴力によるものを「体罰」といいますが、生徒に対する暴言も「体罰」に含めていいと私は考えています。

精神的暴力

といってもいいかもしれません。

 

  • 体罰と暴力
  • 暴言と叱責

「線引きが難しい。」とかいう、教育コメンテーターや、お受験に必死な「保護者代表」ヅラした芸能人が、TVなどで話していたりしますが、この違いは単純明快です。

 

そこに、愛があるかどうかです。

 

ここでいう「愛」は、何も「好き嫌い」のことを言っている訳じゃない、ということはわかってくれると思いますので、改めて説明はしません。

 

日本を代表するトランぺッターで、世界的にも有名な日野皓正さんの体罰が問題になったことがありましたが、あの件がまさにそうだと思います。

 

そこに、愛があるから、成立するわけです。

 

手段が暴力しか存在していない、ということは存在しない。

誤解しないでください。

「手段が暴力しか存在していない」ということは、この世に一切存在していない

と私は信じています。(きれいごとだと言われても。)

 

よって、暴力を容認する気は、一切ありません。

 

余談ですが、先日、嵐の番組で「綾野剛」さんが出てて、ヒレカツを食して(おいしさのあまり)

「これは、”戦争を終わらせる”ことができる(ほど、ウマイ)」

って言っていました。

 

一理あるかも?と思います。

究極の暴力行為である戦争ですら、それを止める手段が「暴力だけ」ではないのかもしれません。(まぁ机上の空論、まさに絵に描いた餅、だけど。)

 

教育的指導には、愛が必要不可欠

話を戻しますが、指導には必ず「愛」が必要です。

特に、「相手(=生徒)」の懐深くに入るような指導をする場合には。

 

誰しも、他人が、ノックもせずにいきなり、土足で「ずかずか」と家に入ってこられたら、嫌でしょう。

ましてや、その相手が自分の愛するべき「家族」「友人」じゃなければ、もっと嫌です。

 

相手の懐に入るからこそ、「愛」をもって行動しなくてはならない。

 

あなたの行動に「相手に対する愛」が存在していないのであれば、それは

「自己愛を満たすもの」

「ストレス発散の場」

「迷惑行為」

「暴力行為」

と化し、もはや「教育的指導」とよべる代物にはなりません

 

そして、「愛」だけが存在していても、教育的指導は成立しません。

保護者の理解、生徒の納得が、重要になってきます。

 

愛があるからこそ、保護者の理解、生徒の納得が得られる

生徒や保護者との関係をうまく築きたい方必見!誰も教えてくれない7つのテクニックでは、より細かくこのことについて話していますが

 

学校現場で教育活動を行っていくのに、大切になってくるのが、保護者の理解と生徒の納得です。

 

理解とは、物事の筋道を悟ること。物事がわかること。

納得とは、考えや行動を理解すること。もっともだ、と認めること。

 

すなわち

理解の上に、納得が存在

しています。

 

そして、その基礎となるのは、生徒に対する愛情です。

生徒の納得、保護者の理解、愛情

 

教育活動に限ったことではないですが、人間みな自分以外は他人です。

他人の人生を左右してしまう、なんて、普通は出来ません。

 

しかし、図らずとも、教師にはそれができてしまうことが多いです。

むしろ、教師たる者

自らの指導でもって、生徒の人生をより豊かな方向に導いてあげる。これこそが使命。

とすら感じています。

 

そのためには、保護者の理解と生徒の納得が必要不可欠です。

 

保護者の理解があるからこそ、学校(教師)は、保護者や家庭と同じベクトルを持てる。

生徒の納得があるからこそ、あなたの発言や行動が、生徒の人間形成に多く関わることができる。

 

保護者の理解をすっ飛ばしてはだめです。

生徒の納得をすっ飛ばすのもだめです。

 

本当に、生徒にとって「価値ある」ことを伝えたいのであれば、この2つは必要になってきます。

 

まとめ

教育的指導をおこなうには

  • 保護者の理解
  • 生徒の納得

この3つが必要不可欠だということをお話ししました。

 

もしあなたが「指導がうまくいかない…。伝わらない…。」と悩んでいるのであれば、どれかが置き去りになっている可能性が高いです。

 

自分の指導内容の根底を振り返ってみて

これらがきちんと存在しているか?

これを見直すだけでも、ずいぶんとその効果が変わってくると思います。

 

最後に、冒頭お話しさせていただきました事件に関わって、お亡くなりになった男子生徒のご冥福を、心よりお祈りいたします。

 

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